自然と歴史
kwsan.exblog.jp

自然の中に歴史がある
Calendar
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
画像一覧
最新の記事
第5回 瓦の刻印 調査 
at 2018-05-30 09:29
瓦の刻印 第4回
at 2018-03-01 08:27
瓦の刻印 3
at 2018-02-18 21:37
瓦刻印 第2回
at 2017-12-16 20:17
瓦の刻印の調査
at 2017-10-22 11:47
生駒市高山町 廃寺大雄寺 供養
at 2017-08-28 20:41
かわぎり
at 2017-07-23 22:12
黒添池、安明寺池、城の茶屋方..
at 2017-06-15 21:39
カメラが動作しなくなった
at 2017-05-14 20:59
彼岸桜
at 2017-04-03 17:15
2月16日「古道」の続編

小字「墓ノ谷」の場所について大学の先生からコメントをいただいた、「大谷」と云う地名の場所には昔から「墓地が多く見受けられる」そのため小字「墓ノ谷」なる地名は大谷道に沿ってあったのではないか。そういえば地元の方からも「大谷道」に沿って小字「墓ノ谷」の地名が残っていると聞いている。コメントと地元の方の話が合うことから小字「墓ノ谷」の場所は「大谷道」に沿った場所にあったと考えられる。

大谷道を下ると小字「茶屋が谷」の前に出る。
 地元の方から、面白いと言っていいかどうか、判らないが、話を聞いいる。
 昭和バブルの頃、向露寺墓地前から、小字茶屋が谷を通り抜け、黒添池方面に道路を通し周辺を開発する話がまとまった。
 工事をする前に、お祓いをしなければならない。ある日、行者(此所では行者と呼んでおこう)を呼んで、お祓い場所まで案内中、行者の様子が突然おかしくなり、立ち止まって動かなくなった。行者が言うには、「この向こうには、亡者がうようよ見えており、その数も数えられないほど多く、とても私の手には負えない、これ以上進と亡者共に私は殺されてしまう、今回のお祓いは勘弁してくれ」と言って断られた。こんな事から開発の話は立ち消えになった。

 この付近は、その昔、鷹山氏が高山を納めていた時代、戦いが多く戦死者が数知れず、それらの遺体は小字茶屋ヶ谷から黒添池に続く周辺に捨てられ、供養も行われなかった、亡者は捨てられた遺体ではないかと言われている。このような場所は全国何処にでもあるのではないかと思う。


平成11年頃、ここから100m北に「ミツワリ」という小字があり、鳥居が道路から見える。ある業者がその付近の土地を購入し谷を埋め立てた、土地を活用するまでに業者は倒産してしまった。祀られている神様の罰が下ったのではないかと想像する。


 この付近は不思議な話のある地域で、逆に言えば、開発してはならないという戒めかも知れない。


[PR]
by kwsan | 2016-06-16 20:18 | 歴史 | Comments(0)