自然と歴史
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寺請け証文 2
2.「寺請け証文」の保存場所
 生駒市高山地区(傍示地区含む)で確認されている「寺請け証文」は明和4年頃(1767)からで、総件数は300余通であるが、まだ調査されていない部分も有り、実際はこれよりも多く現存していると考えられる。
 図1のグラフは高山地区と傍示地区に現存する「寺請け証文」の件数を比較したのである。
江戸時代、傍示地区と高山地区は互いに独立した地域で有り、高山地区は傍示地区より人口も多く、「寺請け証文」も230余通の件数が確認されている、現在その9割が高山地区の法楽寺に現存している。



 図2は、高山・傍示両地区に現存する「寺請け証文」の総件数を明和2年(1765)から10年毎に集計したグラフである、此のグラフから文政、天保の時代が特に多く、その後、減少して明治の初めまで続いている事が判る。



 図3は、図2から傍示地区の部分を抜き出したグラフである。
傍示地区は、3軒の地主により保管されている。
KM家には1771~1788代の「寺請け証文」が、Y家には1794~1870代の「寺請け証文」が現存し、東方の堀田氏領に属していた、西方の森氏領に属していたKS家には1787~1838代の「寺請け証文」が現存する。


 図3-1は、傍示地区の3軒が保存する割合を示したグラフである、このグラフからY家は全体の70%を保存している。
 図3のY家のグラフは、図4の法楽寺のグラフに良く似ており、Y家と法楽寺が、長期に渡り「寺請け証文」に関与していたと考えられる。
 「宗門人別帳」・「宗門壇那請合之掟」はKS家に現存し、T家には「宗門人別帳」のみ現存する、KS家・T家供、西方の森氏領に属していた。しかし、「寺請け証文」が多く残しているY家・KM家には見当たらない、傍示地区はどのような方法で宗門改めを行っていたのだろうか疑問に残る、今後の調査をまちたい。
 傍示地区には「西方寺」なる寺が現存するが、戦後まもなく火災に遭遇、古文書等は焼失した可能性があり、「寺請け証文」も焼失したと考えられるが、一部は、KS家・KM家に残されている。法楽寺には「宗門人別帳」・「宗門壇那請合之掟」の両方とも現存するが、高山八幡宮には寛文時代~天明時代の約1世紀に亘り「宗門人別帳」が残されている、江戸期の高山八幡宮は、法楽寺の僧侶が、神主を兼ねていた為と考えられる。



 図4は、高山の法楽寺に現存している「寺請け証文」の件数を、図2から抜き出したグラフである。傍示地区と同じく、明和から始まり、文政・天保で最高となり、弘化、安政の時代から減少しながら明治まで続き、明治4年9月で終わっている。
 法楽寺が保存している件数が220余軒(70%以上)と多く、分析数量として適しているので、図4のグラフについて、その発信地域・宗旨・証文の内容等について、数回に分けて次回から順次UPの予定をしている。




参考文献
   生駒市古文書調査報告書1~4  生駒市教育委員会
生駒市誌    生駒市教育委員会

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by kwsan | 2017-01-13 16:08 | 歴史 | Comments(0)